「歯の本数が少ないと認知症になりやすい」という話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。実は、これは単なる噂話ではなく、近年の研究で科学的な根拠が示されています。歯の喪失と認知機能低下には密接な関連があり、特に高齢になるほどその影響は顕著になります。
この記事では、歯の本数と認知症リスクの関係、噛む力が脳に与える影響のメカニズム、そして認知症予防のために今日からできる具体的な口腔ケア対策まで、わかりやすく解説します。健康寿命を延ばすためにも、お口の健康と脳の健康の関係について正しく理解しましょう。
歯の本数と認知症リスクの関係性
歯の本数と認知症には、実際にどのような関係があるのでしょうか。実は、複数の大規模調査によって、歯の本数が少ないほど認知症リスクが高まることが明らかになっています。
研究で示された歯の本数と認知症の明確な関連性
日本における代表的な研究として、国立長寿医療研究センターによる調査があります。この研究では、65歳時点で自分の歯が20本以上残っている人は、歯が残っていない人と比較して、約2年も長く「認知症なし」で過ごせることが示されました。つまり、歯をより多く保つことで、認知症の発症を遅らせる効果があるというエビデンスが得られているのです。
また、東北大学が行った研究では、4,425名の高齢者を対象に追跡調査を実施。その結果、歯の本数が少ない群は歯の本数が多い群と比較して、認知症発症リスクが1.44倍も高いことが明らかになりました。特に、咀嚼機能が低下している高齢者ほど、この傾向が顕著だったとされています。
年齢別にみる歯の本数と認知機能の関係
歯と認知症の関係は、年齢によっても異なる特徴を示します。50代から70代にかけての調査データによると、年齢が上がるにつれて、歯の本数の影響はより顕著になります。60代後半以降では、特に歯の本数20本を境に認知機能の差が明確になる傾向があります。
厚生労働省が推進する「8020運動」(80歳で20本以上の歯を保つ)の目標は、単に咀嚼機能を維持するだけでなく、認知症予防の観点からも重要と言えるでしょう。高齢になっても自分の歯をできるだけ多く保つことは、脳の健康維持にとっても重要な要素なのです。
歯の喪失による認知症リスク上昇の統計データ
国際的な研究においても、歯の喪失と認知症の関連性は裏付けられています。アメリカやヨーロッパで行われたメタ分析(複数の研究結果をまとめて分析する手法)によると、歯を10本失うごとに認知症リスクが約1.1〜1.4倍上昇するという結果が出ています。
歯の残存状態 | 認知症リスク | 健康寿命への影響 |
---|---|---|
20本以上の歯が残存 | 基準値 | 認知症なしの期間が長い |
10〜19本の歯が残存 | 約1.2倍上昇 | 中程度の影響 |
1〜9本の歯が残存 | 約1.4倍上昇 | 認知機能低下リスク高まる |
歯が0本(総義歯) | 約1.6倍上昇 | 認知症なしの期間が約2年短い |
上記の表からわかるように、歯の本数が減るにつれて認知症リスクは段階的に上昇していきます。特に自分の歯が一本もない状態では、20本以上ある場合と比較して認知症リスクが約1.6倍になるというデータもあります。
噛む力が脳機能に与える影響メカニズム
歯の本数が認知症リスクと関連する理由として、最も重要なのが「噛む力」つまり咀嚼機能です。噛むという行為は単に食べ物を細かくするだけでなく、脳に多様な刺激を与える重要な活動なのです。その仕組みについて詳しく見ていきましょう。
咀嚼による脳への刺激効果
私たちが食べ物を噛むとき、顎の筋肉や歯根膜には多数の感覚受容器が刺激されます。この刺激は三叉神経を通じて脳に伝わり、特に海馬や前頭前野といった記憶や高次認知機能に関わる部位を活性化させることが分かっています。つまり、しっかり噛むことは脳にとって絶好の「運動」となり、脳の血流を増加させ、神経細胞の活性化を促すのです。
研究では、噛む回数が多い被験者ほど、記憶や学習に関わる課題のパフォーマンスが向上することも示されています。また、咀嚼中はアルファ波(リラックス状態で出る脳波)が増加し、ストレス軽減効果も期待できます。
咀嚼不全がもたらす負の連鎖
反対に、歯の喪失などで咀嚼機能が低下すると、脳への刺激が減少するだけでなく、様々な負の連鎖が生じます。まず、食べられる食品が制限されるため、栄養バランスが崩れやすくなります。特にタンパク質や食物繊維が不足しがちになり、脳の健康に必要な栄養素が十分に摂取できなくなります。
また、咀嚼機能の低下は次のような悪循環を引き起こす可能性があります。
- 咀嚼機能低下 → 食品選択の偏り → 栄養バランスの悪化
- 栄養状態悪化 → 筋力低下・フレイル進行 → 活動量減少
- 活動量減少 → 社会的交流の減少 → 抑うつ傾向
- 抑うつ傾向 → さらなる活動量・食欲の低下 → 認知機能低下
この悪循環は、単に歯の問題だけでなく、全身の健康状態を徐々に悪化させ、最終的に認知機能にも影響を及ぼします。咀嚼機能を維持することは、この悪循環を断ち切るための重要なポイントと言えるでしょう。
脳血流量と咀嚼の関係
最新の脳科学研究によれば、咀嚼運動は脳の血流量を増加させることが明らかになっています。特に前頭前野(思考や判断に関わる領域)と海馬(記憶の形成に重要な領域)への血流が、噛むことによって約10〜15%増加するという研究結果があります。
脳血流の増加は、酸素や栄養素の供給を促進し、脳細胞の代謝を活発にします。また、脳由来神経栄養因子(BDNF)などの神経保護物質の産生も促進され、認知機能の維持・向上に役立つと考えられています。日常的にしっかり噛むことは、脳の血流を保ち、脳の老化を遅らせる効果があるのです。
認知症予防における咀嚼の重要性
認知症予防の観点から見ると、咀嚼機能の維持は重要です。日本老年学会の発表によれば、「咀嚼機能の低下は、認知症発症の独立したリスク因子である」と位置づけられています。これは、喫煙や運動不足、高血圧などと同様に、咀嚼機能の低下自体が認知症リスクを高める要因になるということです。
特に興味深いのは、義歯を使用して咀嚼機能を回復させた高齢者は、義歯を使用していない高齢者と比較して認知機能低下のスピードが緩やかだという研究結果です。近年では、義歯に加えてインプラント治療も咀嚼機能の維持に役立つ方法として注目されています。義歯と比べて、より自然な噛み心地を得られる点が特徴です。たとえ自分の歯が少なくなったとしても、義歯やインプラントなどで咀嚼機能を回復・維持することが認知症予防に役立つと言えるでしょう。
社会的要因と歯の喪失・認知症の関連性
歯の喪失と認知症の関係には、個人の生理的要因だけでなく、社会的・経済的要因も深く関わっています。社会全体で考えるべき課題として、この関連性を見ていきましょう。
社会経済的格差が歯の健康と認知症に与える影響
国内外の研究から、社会経済的地位(所得、教育レベル、職業など)によって、歯の喪失率や認知症発症率に差があることが明らかになっています。低所得層や教育水準が低い層ほど、歯科医療へのアクセスが制限され、結果として歯の喪失が進みやすく、間接的に認知症リスクも高まる傾向があるのです。
口腔ケアへのアクセスと予防医療の重要性
歯科医療へのアクセス改善は、認知症予防の観点からも重要な課題です。特に高齢者や要介護者、低所得者層に対する歯科検診・治療の機会を拡充することが求められています。
日本では後期高齢者医療制度において口腔機能低下予防の取り組みが始まっていますが、さらなる充実が期待されます。定期的な歯科検診や口腔ケア指導は、単に口腔内の健康維持だけでなく、認知症予防という観点からも重要な予防医療と位置づけられるべきでしょう。
高齢化社会における口腔健康の位置づけ
超高齢社会を迎えた日本において、口腔の健康は「生活の質(QOL)」を左右する重要な要素であるだけでなく、認知症予防という観点からも注目されています。歯科医療は単に「歯を治す」ものではなく、「脳を守る」予防医学にもつながると言えるでしょう。
国立長寿医療研究センターの研究によれば、地域全体で口腔ケアの取り組みを強化した地域では、そうでない地域と比較して認知症発症率が低い傾向にあることも報告されています。口腔健康の維持は個人の問題を超えて、社会全体で取り組むべき重要課題となっているのです。
今日からできる認知症予防のための口腔ケア対策
歯の本数と認知症の関連性について理解したところで、実際に私たちが日常生活でできる具体的な対策について見ていきましょう。今からでも遅くない、認知症予防のための口腔ケア方法を紹介します。
効果的な歯磨き習慣の確立
歯を失う主な原因は、虫歯と歯周病です。これらを予防するための基本は、やはり毎日の丁寧な歯磨きにあります。特に就寝前の歯磨きは最も重要です。寝ている間は唾液の分泌量が減り、口腔内の自浄作用が低下するため、寝る前にしっかり歯垢を除去しておくことが大切です。
効果的な歯磨きのポイントとしては、以下のような点が挙げられます。
- 歯と歯茎の境目(歯周ポケット)を意識して磨く
- 力を入れすぎず、小刻みに動かす
- 歯間ブラシやフロスで歯ブラシが届かない部分も清掃する
- 歯磨き時間は最低3分以上を目安に
- 電動歯ブラシの活用も効果的
また、歯磨き粉は歯周病予防効果のあるものを選ぶと良いでしょう。フッ素配合のものは虫歯予防に効果的です。
咀嚼力を維持・向上させる食生活の工夫
咀嚼機能を維持するためには、日々の食生活も重要です。柔らかい食べ物ばかりを選ぶのではなく、適度に硬さのある食品も意識的に取り入れることで、咀嚼筋を鍛えることができます。
以下に咀嚼力維持に役立つ食品の例を紹介します。
- 根菜類(ごぼう、れんこん、にんじんなど)
- 噛みごたえのある野菜(セロリ、キャベツなど)
- きのこ類(しいたけ、エリンギなど)
- 乾燥食品(するめ、干し芋など)
- 繊維質の多い肉(鶏むね肉など)
また、一口30回を目標に意識的によく噛んで食べることも大切です。「よく噛んで食べる」ことは、消化を助けるだけでなく、脳への刺激を増やし、満腹中枢を刺激して食べ過ぎ防止にもつながります。
定期的な歯科検診の重要性
歯の問題は初期段階では自覚症状がほとんどないことが多いため、問題が深刻化してから歯科医院を訪れるケースが少なくありません。しかし、それでは歯を失うリスクが高まります。
認知症予防の観点からも、少なくとも半年に1回は歯科検診を受けることをお勧めします。定期検診では、虫歯や歯周病の早期発見・早期治療だけでなく、専門的なクリーニングによる歯石除去なども行えます。定期的なメンテナンスを受けている人は、そうでない人と比べて歯の喪失リスクが約3分の1になるという研究結果もあります。
義歯(入れ歯)の適切な使用と管理
すでに歯を失ってしまっている場合でも、適切な義歯を使用することで咀嚼機能を回復させることができます。義歯を使用している方は、以下のようなポイントに注意しましょう
- 義歯が合わなくなったと感じたら、すぐに歯科医院で調整を受ける
- 毎食後に義歯を洗浄する習慣をつける
- 就寝時は義歯を外し、洗浄剤に浸けて保管する
- 義歯を外した際は、口腔内(残存歯や粘膜)も清掃する
- 定期的に歯科医院で義歯のクリーニングと調整を受ける
最近では、従来の入れ歯よりも安定性と機能性に優れたインプラント義歯なども選択肢として増えています。総入れ歯が合わない・外れやすいと感じる方には、インプラントを支えに使う“インプラント義歯”も選択肢の一つとして有効です。自分に合った方法で咀嚼機能を回復させることが、認知症予防にもつながります。
口腔体操・咀嚼トレーニングの実践
歯がある程度残っている方も、すでに多くの歯を失っている方も、口腔周囲の筋肉を鍛えることは認知症予防に役立ちます。特に高齢になると口腔周囲の筋力も低下しがちですが、日常的な口腔体操で予防できます。
以下に簡単にできる口腔体操の例を紹介します。
- 口を大きく「あいうえお」と発音する体操
- 頬を膨らませたり、すぼめたりする運動
- 舌を前後左右に動かす運動
- 唾液腺マッサージ(耳下腺、顎下腺などを優しく押す)
- 無味のガムを噛む咀嚼トレーニング
これらの体操は1日に数分間でも継続的に行うことで効果が期待できます。特に食前に行うと、唾液分泌が促進され、消化機能の向上にもつながります。
まとめ
歯の本数と認知症リスクには関連性があることが科学的に示されています。65歳時点で20本以上の歯を保持している人は、歯のない人に比べて認知症なしで過ごせる期間が約2年長いというデータもあります。
噛むという行為は脳の血流を増加させ、特に記憶や思考に関わる部位を活性化させることが分かっています。インプラント治療などで咀嚼機能を回復することで、脳機能の維持が期待できます。
認知症予防のためには、毎日の効果的な歯磨き習慣の確立、咀嚼力を維持する食生活の工夫、定期的な歯科検診の受診、そして適切な義歯の使用と管理が重要です。また、口腔体操や咀嚼トレーニングも日常に取り入れることでも効果が期待できます。
歯の健康維持は単なる「口の中の問題」ではなく、脳の健康、さらには全身の健康と密接に関わる重要課題です。今日からできるケアを始めて、健康寿命の延伸を目指しましょう。
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