結論:奥歯だけ・前歯だけを覆う部分型のマウスピースは、目的を限って短期間使う装置として設計されることがあります。一方で、覆われていない歯が伸びるように動き、前歯がかみ合わなくなるなどの「かみ合わせの変化」が報告されており、自己判断で長く使うのは避けたほうがよい装置です[4][5]。歯ぎしり対策として長く使うなら、歯列全体を覆うタイプを歯科医院で作り、定期的に確認してもらうのが基本です[2][3]。
マウスピースを奥歯だけ・前歯だけにする部分型とは
部分型のマウスピースとは、歯列の一部だけを覆う、または一部の歯だけが当たるように作られた装置のことです。
歯ぎしりや食いしばりに使う装置は、一般に「ナイトガード」や「スプリント」と呼ばれます。日本補綴歯科学会の資料では、片側のあごの歯のかむ面全体を覆うものを「スタビライゼーションスプリント」とし、それとは別に「部分被覆型」などのタイプがあると整理しています[2]。
- 全体を覆うタイプ(全歯列型):上または下の歯列すべてを覆い、かむ面がほぼ平らに作られる[2]
- 奥歯だけのタイプ:左右の奥歯部分だけを覆う、または奥歯だけが当たるように作られる
- 前歯だけのタイプ:前歯の部分だけが当たり、奥歯同士を離すように作られる(海外では「前歯で奥歯を離すデザイン」と呼ばれる)[4]
どのタイプが合うかは、症状・かみ合わせ・使う期間によって変わります。名前が似ていても目的が異なるため、歯科医師の診察で選ぶものと考えてください。
そもそも歯ぎしり用マウスピースは何のために使うのか
歯ぎしり用のマウスピースは、主に歯同士がこすれ合うのを防ぎ、歯や詰め物を守るために使います。
睡眠中の食いしばりは無意識に起こり、強い場合には約110キログラムもの力がかかることがあるとされています[1]。この力が続くと、次のような影響が出ることがあります[1][6]。
- 歯のすり減り、ひび、欠け
- かぶせ物(クラウン)の破損
- 歯がしみる、歯周病の悪化
- あごの関節や筋肉の痛み、頭痛
北海道歯科医師会のコラムでも、睡眠中の歯ぎしりは自分でコントロールできないため、歯科医院で就寝時に歯にはめるマウスピースを作り、歯を守る方法が一般的と紹介されています[6]。治療用の装置は、歯科医師が作製し、一人ひとりに合わせて調整するのが通常です[1]。
奥歯だけのマウスピースで起こりうること
奥歯だけを覆う装置を長く使うと、覆われていない前歯側や、装置から外れた歯のかみ合わせが変わるおそれがあります。
英国歯科医師会誌に掲載された症例報告では、部分的なナイトガードの使用後にかみ合わせが変化した例が4つ紹介されています[4]。その中には次のような例が含まれます。
- 柔らかいナイトガードを、患者さん自身が小臼歯(前から4・5番目の歯)までの長さに切って使い、覆われなくなった大臼歯が伸び出した例
- 第一大臼歯までで終わる装置を使い続け、時間をかけてかみ合わせが少しずつずれていった例
歯は、かみ合う相手がいないと少しずつ伸び出す性質があります。装置で一部の歯だけが当たらない状態を毎晩つくると、その差が積み重なることがあるのです。
前歯だけのマウスピース(ナイトガード前歯だけ)の注意点
前歯だけが当たる装置は、奥歯同士を離すことで食いしばりの力を弱める考え方で作られますが、前歯がかみ合わなくなる「開咬(かいこう)」のリスクが指摘されています。
前述の報告では、前歯だけが当たる硬い装置を夜間に使ったあと、前歯の誘導(あごを動かしたときに前歯が奥歯を守る働き)が失われた例や、大臼歯を覆わない装置を使ったあと奥歯が伸び出した例が紹介されています[4]。著者らは、こうした副作用は文献から想像されるより多い可能性があると述べています[4]。
特に注意が必要とされているのは、次のようなかみ合わせの方です[4]。
- 上下の前歯の先端どうしが当たる「切端咬合(せったんこうごう)」の方
- 前歯のかみ合わせが浅い方
こうした方では、前歯がわずかに沈み込むだけで前歯どうしが当たらなくなることがあり、部分型の装置は避けるべきとされています[4]。
部分型と全体型の違いを比較
長期的に使う歯ぎしり対策としては、正しく設計・調整された全体型が推奨される選択肢とされています[4]。
| 項目 | 全体を覆うタイプ | 奥歯だけ・前歯だけのタイプ |
|---|---|---|
| 覆う範囲 | 片側のあごの歯列全体[2] | 歯列の一部 |
| かみ合わせの変化 | どの装置でも起こりうるが、全体型が推奨される選択肢とされる[4] | 最も注意深い経過観察が必要とされる[4][5] |
| 使う期間の考え方 | 定期的な調整を前提に継続使用 | 目的と期間を限定し、歯科医師が管理 |
| 向かない人 | 個別に歯科医師が判断 | 切端咬合・前歯のかみ合わせが浅い方など[4] |
日本顎関節学会の初期治療ガイドラインでも、筋肉の痛みを主な症状とする顎関節症に対して検討されている装置は「上顎型・薄型・全歯接触型・ハードアクリル型」とされています[3]。ただし、この推奨は「弱い推奨」であり、適応や害・負担、他の治療法について十分に説明したうえで行うものとされています[3]。
マウスピースを安全に使うためのポイント
どのタイプでも、装置を自己判断で加工せず、定期的に歯科医院でかみ合わせを確認することが大切です。
英国の報告やキングス・カレッジ・ロンドンの解説では、次のような点が勧められています[4][5]。
- 自分で切ったり削ったりしない:「奥歯だけにすれば楽」と短く切ると、伸び出しの原因になることがあります[4]
- 受診時は装置を持参する:定期的な確認の際に、装置の状態と合い方を見てもらいます[4]
- 指示がない限り24時間使わない:日本顎関節学会のガイドラインでも、日中を含む長時間の使用は避けるよう指導するとされています[3][4]
- 前歯が当たらない・物がかみ切りにくいと感じたら早めに受診[4]
- 無くしたら古い型ではなく、新しく型を採り直す:かみ合わせが変わっている可能性があるためです[4]
また、装着による違和感、口の渇き、眠りにくさ、朝の痛みが強まるといった反応が起こりうることも、事前に知っておくとよいでしょう[3]。
市販のマウスピースを奥歯だけ・前歯だけで使う前に
市販のマウスピースを使う場合でも、使用前に歯科医師の診察を受けることが勧められています。
MSDマニュアルでは、歯のすり減りだけが問題の場合などに、熱で形を整える市販品が勧められることもあるとしつつ、使用前には歯科医師を受診する必要があるとしています[1]。歯ぎしりの背景には、睡眠時無呼吸症候群や胃食道逆流症などが関わることもあるとされます[1]。
「奥歯だけ当たる」「前歯だけ当たる」状態は、装置の形だけでなく、もともとのかみ合わせや歯の欠損、詰め物の高さによっても起こります。気になる症状がある場合は、装置を選ぶ前に原因を確かめてもらいましょう。
よくある質問
奥歯だけのマウスピースを使い続けても大丈夫ですか?
覆われていない歯が伸び出し、かみ合わせが変わった例が報告されています[4]。長く使う場合は、歯科医師の指示のもとで、定期的にかみ合わせを確認してもらうことが大切です。
ナイトガードを前歯だけにすると効果は高まりますか?
前歯だけが当たる装置は奥歯を離す考え方で作られますが、前歯がかみ合わなくなるリスクが指摘されています[4]。効果とリスクは人によって異なるため、歯科医師の診察で判断します。
違和感があるので、マウスピースを自分で短く切ってもいいですか?
自分で切ったり削ったりするのは避けてください。短く切ったことで奥歯が伸び出した例が報告されています[4]。違和感がある場合は、装置を持って歯科医院で調整を受けましょう。
マウスピースをしていて前歯が当たらなくなった気がします。
前歯が当たらない、物がかみ切りにくいと感じたら、早めに受診することが勧められています[4]。装置の使用を続けるかどうかも含めて、歯科医師に相談してください。
歯ぎしり用のマウスピースは一日中つけたほうがいいですか?
特に指示がない限り、日中を含む長時間の使用は避けるよう指導されています[3][4]。通常は就寝時に使う装置として作られます[2][6]。
マウスピースの形や使い方は、かみ合わせや症状によって適したものが変わります。詳しくは歯科医師にご相談ください。
日本歯科豊平を含む日本歯科グループでは、歯ぎしり・食いしばりの診療を行っています。部分型の装置の取り扱いや保険適用での作製については、詳しくは各院にお問い合わせください。
参考情報
- MSDマニュアル家庭版「歯ぎしり」
- 日本補綴歯科学会「一般的な開業歯科医における顎関節症初期治療としてのスタビライゼーションスプリントのデザインならびに作製方法に関するテクニカルアプレイザル」
- 日本顎関節学会「顎関節症患者のための初期治療診療ガイドライン」
- British Dental Journal「Unintended changes to the occlusion following the provision of night guards」(2018)
- King’s College London「Unintended changes to the occlusion following the provision of night guards」
- 全国健康保険協会 北海道支部「北海道歯科医師会:2024年6月『歯ぎしり』『くいしばり』」